富岡製糸場の歴史を市民目線で説明します

富岡製糸場の歴史を市民目線で説明します

富岡製糸場

 

富岡製糸場の歴史を解説員ではない、
普通の市民が富岡製糸場の歴史を説明してみました。

 

系統だって説明は出来ませんが、
肌で感じた歴史が話せたらいいなと思います。

 

もちろん、
学術的には富岡製糸場の解説を聞いて下さい。

 

 

富岡製糸場の歴史を市民目線で説明します記事一覧

富岡製糸場の歴史は解説員に聞いて!当時のことは

私の覚えている片倉製糸(現:富岡製糸場)は若い女性、特に中学を卒業してから入社して昼間は仕事をして働いて夜間に工場内の高校に通える会社でした。優良企業だった片倉製糸(現:富岡製糸場)昭和30年代半ばで日本もまだまだ皆貧しかった時代には高校に行ける人は半分もいなかったと思います。そんな時代ですから工場...

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富岡製糸場の礎石は甘楽の連石山から切り出しました

富岡製糸場の建物はレンガ造りに見えますが、レンガは壁の役割で「木骨レンガ造り」という日本ではめづらしい工法です。解体修理中の西置繭所の礎石です。一個づつナンバーが張られていて、遺跡調査の事務所みたいです。その基礎には甘楽町小幡の連石山から大小4000もの御用石が切り出し、運搬されました。土台石の採取...

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富岡製糸場のレンガ、屋根瓦は甘楽町笹森に焼窯を…

富岡製糸場のシンボル赤いレンガはとなり町の甘楽町で焼かせました。レンガ窯屋根瓦窯の跡を見に行きませんか?レンガ窯、屋根瓦窯跡は福島駅から富岡製糸場からは上信電鉄を使います。電車を利用する人は上州福島駅で降ります。上州福島駅上州富岡駅で乗車して、  ↓東富岡駅  ↓上州福島駅で降り...

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